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つらい時期に出会った友達と疎遠になる理由

数ヶ月のあいだ、ほとんど初対面に近い相手に、何年来の友人よりも本音で話していたことがある——新生児集中治療室の待合室で出会った別の親、抗がん剤治療の待合室で隣に座っていた患者、支援グループで知り合った誰か、あるいは同じ週にリストラされた同僚。二人とも世間話をする余裕がなかったから、いつもの前置きは全部飛ばして、それが自分にとって一番近い関係の一つのように感じられていた。やがてその出来事が終わる——赤ちゃんが退院し、治療が終わり、二人ともそれぞれ次の仕事を見つける——そして数ヶ月のうちに、最後に連絡を取ったのがいつだったか思い出せなくなっている。二人のあいだで何かが壊れたわけではない。その関係には、最初からそれ以外に頼れるものが何もなかっただけだ。

なぜあれほど早く近づけたのか

ふつうの友情がゆっくり育つのは、慎重な段階を飛ばす理由がないからだ。相手が本音を話しても大丈夫な人かどうかは、まだわからない。それを何年もかけて、たいていは偶然に近い形で、少しずつ確かめていく。共有された苦難は、そのすべての手順をまとめて消してしまう。相手が今自分の置かれている状況を正確に理解していることが、最初から分かっている。相手も同時に同じことを経験しているからで、背景を説明する必要すらない。ふつうならその理解に十年かかる。ここではそれが初日に、無料で手に入る。状況そのものが、時間が普通にする仕事を代わりにやってくれたからだ。

その関係は特定の役割を果たしていて、その役割はもう終わっている

二人を近づけたのは、ふつうの友情のような「相手そのもの」への好意ではなかった。その場で本当に何が起きているかを理解している人間が、自分たち二人しかいなかった、という事実だった。これは本物の親密さであって、劣ったものではない。ただ、その親密さは特定の立場に結びついている——あの待合室にいたもう一人の親、同じ検査結果を待っていたもう一人、同じ時期に解雇されたもう一人という立場だ。危機が終わると、その立場は両方の側から真っ先に消えていく。そして後になって気づくのは、その立場こそが二人をつないでいた大部分だったということだ。残るのは、相手の一番つらかった一ヶ月については驚くほど詳しく知っているのに、相手のふつうの日常についてはほとんど何も知らない二人組だ。

なぜ後から連絡するのが、思っていたより気まずくなるのか

あれほど早く築かれた絆なら、維持するのも簡単だろうと思うかもしれない。だが実際には逆のことが起きやすい。相手にメッセージを送ることは、自分が必死で手放そうとしている姿——病人だった自分、喪失を抱えていた自分、解雇された自分——にもう一度戻ることを意味しかねない。ようやく別の自分として生活できるようになってきた、まさにそのタイミングでだ。両者のあいだには、もっと静かな迷いもある。連絡を取ってみて、あの近さが結局はあの出来事だけのものだったと確かめてしまうことを、どちらも避けたい。だから誰も試さず、沈黙のほうが代わりに答えを決めてしまう。

本物ではなかった、という意味ではない

ここまでの話は、その関係を偽物にするものではない。これははっきり言っておく価値がある。多くの人が密かに感じている罪悪感が、まさにここにあるからだ。誰かが人生でもっとも苦しい時期に本当に隣にいてくれた、あるいは自分が誰かの隣にいた。そのことは、その後連絡が続かなかったからといって、なかったことになるわけではない。状況によって生まれた絆は、本物のふりをした劣化版の友情ではない。それは特定の季節のために作られた、正真正銘の一つの形だ。夏だけのアルバイトが、九月まで続く予定など最初からなかったとしても、本物の友情を生むことがあるのと同じように。

これから先に残す価値があるもの

あの時期に近づいた人たちのなかで、たいてい一人だけ、出来事そのものではなく、その人自身を惜しいと思える相手がいる。それを確かめる方法は、二人で経験したこととは何の関係もないメッセージを送ってみることだ。相手の子どものこと、新しい仕事のこと、ドラマの話、何でもいい、ごくふつうの話題を。そのメッセージは、危機のなかの絆には一度もできなかったことをしてくれる——その状況の下に、本当の友情があったのか、それとも状況そのものがすべてだったのかを試すことだ。どちらの答えが出ても構わない。後者だったとしても、残りの関係を自然に手放すことは、義理を欠いたことにはならない。もともとそれだけの大きさしかなかった、というだけの話だ。

正直なところ

強い圧力のもとで生まれた友情のすべてが、これから続いていくべきものというわけではないし、それを直す必要もない。人生でもっとも苦しい一ヶ月に出会う人の中には、その一ヶ月をやり抜かせるためだけにそこにいて、それを完全にやり遂げたら役目を終える人もいる。それでも時々、その危機の下には、放っておいても自分のペースで育っていったはずの、本物の友情が隠れていることがある。苦難がただ、通常より早く二人を引き合わせただけだった、という場合だ。どちらだったのかを知る方法は一つしかない。ごくふつうのメッセージを送ってみて、その特別な出来事が消えたあとに、まだ何が残っているかを見ることだ。