在宅勤務になってから、同僚との友情が静かに薄れていく理由
何も終わっていない。会社は同じで、チームも同じままかもしれず、毎日同じチャンネルでその人の名前を目にしている。それなのに、以前は放っておいても続いていた関係が、いつからか意識して手をかけないと保てなくなっていて、それがいつからだったのか、はっきり言えない。送別会もなければ、最後の出社日もなく、原因と呼べる出来事も一つもない。ただ、あの席がなくなっただけだ。そして後になって、その席が思っていた以上に多くのことを肩代わりしてくれていたのだと気づく。
オフィスの友情は、誰も予定を立てなかった接触の上に成り立っている
同僚が友人になっていく過程の多くは、誰も予定に入れない時間の中で起きている。エレベーターの中の数十秒、給湯室でお湯を待つあいだ、会議が始まる前、みんながまだ席を探している二分間、駐車場までの帰り道でつい十分よけいに話し込んでしまう時間。そのどれもが「連絡を取ろう」という意思決定を必要としなかった。ただ同じ時間に同じ建物にいたから、勝手に起きていただけだ。在宅勤務が奪うのは友情そのものではない。それが一度に奪うのは、こうした予定にない接触のすべてであり、残るのは自分から選び取らなければならない接触――メッセージ、電話、「今、少しいい?」とはっきり切り出す一言――だけになる。これは、これまで二人が実際に越えていたハードルより、ずっと高い。
失業とは違う種類の喪失である
失業は同僚同士の友情に、はっきりした一線を引く。以前は同僚で、以後はそうではない。つらいことだが、少なくとも分かりやすく、きちんとお別れを言うための正当な理由も自然についてくる。在宅勤務はその分かりやすさをくれない。仕事は続いていて、組織図も変わらず、毎週同じ会議でその人と顔を合わせることさえある――ただし話す内容は、いつも議題そのものだけだ。ビデオ会議は会議の中身は効率よく運んでくれるが、その周りにあった、関係を育てていたはずの余白はほとんど運んでくれない。会議のあとに少し残って話すこともなく、隣の席で漏れ聞こえる雑談もなく、誰かが話し始める前に場の空気を読む機会もない。表向きの仕事上の関係は無傷に見えるからこそ、その内側で本当の友情がいつのまにか静かに抜き取られていることに気づきにくい。
気づかないうちに頼っていた、友人のつくり方まで奪われている
多くの大人は、新しい友人を意識してつくりに行くということを、そう頻繁にはしない。大人の友情の多くは、自分で選んだわけではない「近さ」から育つ――同じ通勤経路、同じ給湯室、同じ会議室に、何か月も繰り返し居合わせるうちに、本物になっていく。在宅勤務がすり減らすのは、すでにある友情だけではない。新しい友情がいちばん少ない労力で生まれていた、その入り口そのものを静かに閉じてしまう。見知らぬ相手にわざわざ話しかけに行く必要がなかった、あの経路だ。この損失は最初に思うより大きく、名前をつけておく価値がある。既存の友情自体は形の上でまだ終わっていないのに、在宅勤務が始まってから孤独を感じる人がいる理由の一つは、ここにある。
意識して一歩動かす価値のある友情
すべての「同じ職場だから」の友情を救う必要はなく、全部を維持しようとすること自体が、それはそれで消耗する。ただ、その中には、最初から座席の近さだけで成り立っていたわけではない友情もあるはずだ。明日、席替えがあったとしても、この人には話しかけたいと思うような相手だ。そうした関係は、自然に薄れきってしまう前に、こちらから小さく一歩動かしておく価値がある。見分け方は単純で、仕事とはまったく関係のない用件でこの人にメッセージを送るだろうか、と自分に問うことだ。正直な答えが「送る」なら、その答えのとおりに動いておいたほうがいい。関係が完全に「業務連絡だけ」の状態に落ち着いてしまう前に。一度そうなってしまった関係は、数か月もすると、そこから元に戻すのが目に見えて難しくなる。
実際に効くこと
- 早いうちに、意図して、この関係を仕事のチャンネルの外へ移しておく。個人の連絡先、仕事と無関係なアプリ――そういうものは、この関係が「同じ会社に勤めている限りでしか成り立たない」わけではないことを示すサインになる。どちらかが会社を離れても、関係が続く場所を先に用意しておくことになる。
- 「今度ゆっくり話そう」を待つより、目的のない小さな連絡を先に送る。写真一枚、リンク一つ、先週相手が話していたことについての一言の質問。大きな通話の提案より、こちらのほうがずっと効く。十秒で返せて、二人ともスケジュールを空ける必要がないからだ。
- 共通のビデオ会議に、わざと五分早く入る。些細なことに聞こえるが、これはかつて無料で手に入っていた、会議前の廊下での立ち話にいちばん近い代用品であり、別途通話を設定せずに議題以外の話ができる、数少ない機会でもある。
- プロジェクトのことだけでなく、その人自身について尋ねる。仕事の会話には、進捗や共有タスクという楽な既定の話題があり、それだけで会話は個人的な内容に戻ることなくいくらでも続けられる。前回相手が話していた週末の予定や家族のことを覚えておくような小さなことが、そのやり取りを純粋に事務的なものにしないでおいてくれる。
正直な補足
同僚同士の友情の中には、もともと座席が近かっただけで成り立っていたものもあり、それ自体は何も悪いことではない。本物で良い関係の多くは、ある一つの季節の中だけで完結していて、その季節が終わったからといって価値が下がるわけではない。あの建物が代わりに縮めてくれていた距離がなくなったことは、二人がそれ以上のものを築けなかったという意味ではない。目を向ける価値があるのは、その温かさが同じフロアにいたからではなく、明らかに相手自身に向けられていた、ごく一部の人たちだ。在宅勤務という既定の状態は、まさにこうした人たちを、誰も意図しないまま――かつて努力なしに生まれていた接触が単に足りなくなるという理由だけで――すり抜けさせてしまいやすいのだから。