仕事を辞めると、なぜ仲の良かった同僚との関係は続かないのか
机が二つ隣、三年間そこにいた。その人の上司がどれだけ厄介かは、本人のパートナーより先に知っていたし、向こうもどの会議であなたが白目をむくか、招集がかかった瞬間にわかっていた。最終出勤日には、お互い当然のように言った。また飲みに行こう、これで終わりにはしたくないと。その場では、二人とも本気だった。半年後、一度も連絡を取っていない。喧嘩をしたわけでもなく、何か言われたわけでもない。関係はただ、静かに動きを止めた。植物を、実際に育っていた光の外に移したときのように。
「どちらが先に連絡しなかったか」の話ではない
この沈黙を、二人の関係への判定だと読みたくなる——本当はそこまでの仲ではなかったのかもしれない、どちらかのほうが強く思っていたのかもしれない、と。その説明は事実よりも整いすぎていて、たいてい間違っている。多くの職場の友情は、距離という試練を一度も受けたことがない。距離は、そもそも関係の一部として組み込まれていなかったからだ。それは二人がつくったのではない構造——同じビル、同じ朝会、同じ人の愚痴を言い合える相手——の上に丸ごと乗っていた。その構造を取り除くことは、友情を試すことにはならない。まるで別種の関係になることを、準備運動もなしにいきなり求めることになる。
実際に起きていること
その関係は、二人ではなく席順とスケジュールがつくった
多くの職場の友情は、友情全般がそうであるように、共通点を確かめ合って互いを選び取った結果ではなく、単純に顔を合わせる回数の多さで生まれる。毎日顔を合わせるから好きになる。その「毎日」が、本来なら努力して積み上げるはずのものを代わりにやってくれていた。その最中は、それでも本物の友情に変わりはない。ただそれは、自分ではつくっていない、そして持ち出すこともできない近さに支えられていたということでもある。
共通の話題が、ほぼ即座に尽きる
職場の友情は、とても特殊で、とても足の早いものを養分にしている。上司が会議で言ったこと、組織変更の噂、コピー機についての定番ネタ。この供給は、辞めたあとに徐々に細っていくのではなく、社員証を返した日にぴたりと止まる。二人とも、それ以外の話題を積み立ててこなかった——これまで必要がなかったからだ。そのあとに来る沈黙は、興味を失ったからではない。いつも話していた唯一の話題がなくなり、二人とも本当に何を話せばいいかわからなくなっているだけだ。
どちらも、必死に見られたくない
この関係は一度も「これは友情だ」とはっきり選び取られたことがないため、あとから連絡することは、確認し合ったこともない気持ちの大きさを、こちらから宣言するような行為に感じられる。三か月後に「最近どう?」と送って、実はずっと「職場の知り合い」程度にしか思われていなかったとわかるのは気まずい。だから二人とも相手が先に動くのを待ち、相手の沈黙をそのまま答えだと受け取ってしまう。実際にはたいてい、同じためらいが両側で同時に起きているだけなのに。
席は埋まり、自分の役割も埋まっていく
数週間もすれば、新しい人が元の席に座り、毎日の話し相手になり、同じ上司の愚痴を一緒に言う相手になる。これは裏切りではない。近さというものが、そこに立っている人間なら誰にでも分け隔てなく及ぼす作用にすぎない。元同僚という立場を超えて、自分から相手にとって何者かであろうとしなければ、かつて自分がいた場所は、単純にいちばん近くにいる人で埋まっていく。
実際に効くこと
辞めたあとではなく、辞める前に一度、職場の外に持ち出しておく。まだ二人とも在職中に、会社の外でのランチや夜の時間を一度でも持てれば、辞めてから送るどんなメッセージよりも効く。それが「この関係は職場の外でも成立する」という一つの実例になり、次の一歩を、ゼロからの再開ではなく続きだと感じさせてくれる。
仕事とまったく関係のない話題を一つ見つけておく。ドラマでも、趣味でも、もともと職場とは関係のない定番の冗談でもいい。深いものである必要はない。ただ存在してさえいれば、それが辞めたあとも友情を支える燃料になる。
対等な別れの儀式を待たずに、連絡してしまう。理由も、節目も、都合よく「ふと思い出した」瞬間も必要ない。短い、何気ない一言で十分で、それは早く送るほど効く。まだ距離が大きく感じられる前に。
近況報告以上に、その人自身に興味があるかどうかを確かめる。本当の合図は、どちらが先に連絡するかではない。新しいチームがどうかではなく、その人自身が今どうしているのか、ふと気になるかどうかだ。その興味が実際にあるなら、それは追いかける価値がある。
正直な補足
職場の友情の中には、本物であり、それが起きたその場所に固有のもので、そこを離れたら続かなかった関係もある。それは嘘だったということではないし、静かに手放したからといって不義理でもない。近さだけで成り立っていた関係も、近さがあった間は、正真正銘の友情だった。意識して引き継ぐ価値があるのは、たいていそのうちのごく一部——仕事ではなく、その人自身を恋しく思っている自分に気づく、そんな関係だ。