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会う前に友人のSNSをチェックするのはずるいことなのか

数日後に、しばらく会っていない友人と会う。前の晩、なんとなくその人のInstagramを開いて数ヶ月分さかのぼる。転職した、犬を飼い始めた、ポルトガルに旅行していた、知らない名前が投稿に出てくる。実際に向かい合って座る頃には、こちらはもう大まかな流れをつかんでいる。そのスクロールの途中で、うまく言葉にできない小さな引っかかりが顔を出す。これはなんだか、少しずるいことをしているような気がする。

本当は何が引っかかっているのか

気になっているのは、たいてい「見る」という行為そのものではない。レストランに入る前にメニューを見ても、旅行の前に口コミを調べても、罪悪感を覚える人はいない。この場合が違って感じられるのは、会話から何かを先に持ち去ってしまったのではないか、という怖さだ。相手が話す前に転職のことを知ってしまえば、本来その人のために使われるはずだった瞬間を、先に使ってしまったような気がする。

この不安は真剣に受け止める価値があるが、狙う相手を間違えている。フィードをさかのぼって得られるものと、直接聞かせてもらうものは、同じではない。前者がくれるのは見出しだけで、物語は付いてこない。なぜその仕事を選んだのか、今は安心しているのか怖いのか、あなたに向けてどんな話し方で伝えたかったのか——そうしたことは何もわからない。投稿は公開されていて、すでに完成している。会話は非公開で、しかも今この瞬間、目の前で、まだ形になっている途中のものだ。これらは同じ情報の二つの入手経路ではない。そのうちの片方だけが、「近況を聞く」という行為が本来やろうとしていることだ。

実際にまずいことになる、二つのパターン

この居心地の悪さには、ちゃんとした原因がある。検索窓ではなく、そのあとに起こりうる二つのことのどちらかだ。

ない驚きを演じてしまう

転職のことはもう知っているのに、相手が話し始めると目を見開いて「えっ、本当に?」と驚いてみせる。友人はどこかで、その驚きがわずかに空っぽだと感じ取る。理由は言葉にできなくても。演じられた驚きは、驚かないより始末が悪い。本来まったく逆であるはずの瞬間に、小さな不誠実を差し込んでしまうからだ。

知っていることを先に言ってしまう

もう一方の失敗は逆方向だ。相手がまだ一言も話していないうちに、「転職したの見たよ」と先に言ってしまう。これは「話す」という行為そのものを丸ごと相手から奪ってしまう。ためを作って話したかったかもしれない、愚痴りたかったかもしれない、笑いながら話したかったかもしれないことが、あなたがすでに知っている事実の確認作業に変わってしまう。まだ大事に抱えていたニュースを、先に平らにならしてしまうことになる。

実際に効く対処法

直すべきは「見ないようにする」ことではない。「見たものの使い道」を変えることだ。見つけた情報は、話すための材料ではなく、より良い質問を用意するための下ごしらえだと考える。

言うことではなく、聞くことに使う

転職を知っていたなら、「転職おめでとう」から始めない。それは句点のような言葉で、言った瞬間に話題が閉じてしまう。代わりに「新しい仕事、実際どう?」と聞く。これは読点のような問いで、続きを話してもらうための入口になる。フィードがくれたのは見出しで、質問はその本文をあなたが求めている、という合図だ。

知っていても、話してもらう

相手が自分から話し始めたら、まだ知らなかった部分に反応する。声のトーン、細かい事情、投稿には書かれていなかったこと。「その出来事が起きたこと」をすでに知っていても、「それが実際どうなったか」に本気で興味を持つことはできる。この二つは別のことで、友人はたいてい、あなたがどちらを差し出しているか感じ取っている。

気まずいなら、正直に言ってしまう

小さな演技のほうが正直さより気まずい、という人もいる。「インスタでちょっと見たんだけど、ちゃんと本人から聞きたくて」は、まったく問題のない言い方で、会話をしぼませるどころか、むしろ楽にすることが多い。事実だけでなく、本当のところを聞きたかったのだと伝わるからだ。

これが本当に良い形で働くとき

うまく使えば、これは気にかけることを避けるための近道ではなく、気にかけることそのものの一つの形になる。友人が出張の話をしていたのを覚えていて、会ったときに「あれ、どうなった?」と聞く。その記憶が半年前のメッセージから来たのか、昨夜のストーリーズから来たのかは、実はどうでもいい。相手にとって大事なのは、その記憶がどこから来たかではなく、あなたがそれを覚えていて、聞こうと思ったことだ。

正直な留保

ここまでの話が成り立つのは、「見ること」が準備であり続けている場合に限る。フィードを見ているだけで、その人の近況を把握した気になり、実際には一度も話していない、という状態になったら話は別だ。フィードは何が起きたかを教えてくれる。でも、その人が今どうしているかまでは教えてくれないし、フィードのほうから何かを聞き返してくることも決してない。その部分は、今もなお、同じ部屋の中か、電話の向こうで、互いに注意を向け合っているときにしか起こらない。画面には決して映せないものに。