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自衛官の友人が海外派遣に行ったとき、連絡をどう続ければいいか

友人が海外派遣に出ることになった。この友情に説明書はついてこない。返信はだいたい一日以内に来て、グループチャットのボケはちゃんと拾われて、「手が空いたら電話して」は本当に夜には叶う――そういうリズムに慣れていたはずが、それがまるごと数ヶ月間、いつ戻るとも知らされないまま使えなくなる。代わりに何をすればいいのか、はっきりした手引きはどこにもない。ここに書くのは、海外派遣が友情の仕組みに対して実際に何をするのかを踏まえた、現実的にうまくいくやり方だ。

普段の「連絡のルール」がここでは通用しない理由

ふだんの友情は、意識したこともない前提の上で動いている。相手はだいたい好きなタイミングで返信できる、という前提だ。海外派遣はこの前提をまるごと取り除く。通信環境は共用で、時間も制限されていて、何日も丸ごと使えないこともある。何日も音沙汰がなかったと思ったら、こちらの深夜三時にまとめて三通届く――それがたまたま開いた十分間の窓だったからだ。これは相手にとってあなたがどれだけ大事かとは関係がない。中身は通信インフラの問題で、それが「沈黙」という形に見えているだけだ。これをはっきり言っておく価値があるのは、たいていの人が最初はそう受け取らないからだ。

ここでよくある間違いは、普段の生活の物差しをそのまま当てはめてしまうことだ。前回の返信から何日経ったか数え、その空白を何かのメッセージとして読もうとしてしまう。たいていの場合、そこに意味はない。空白を作っているのはインフラであって、相手の気持ちではない。

「連絡を続ける」の中身を変える

返事のいらないものを送る

返信を必要とするメッセージは、相手にとって小さな借りになる。それが積み重なると、せっかく開いた短い時間を、わざわざこちらへの返信のために使わせることになるか、後回しにしたことに気まずさを感じさせるかのどちらかになる。ただでさえ余裕がない相手にとって、どちらも良くない。代わりに、返事が来なくてもその場で口にするような話を送るといい。仕事であった細かいこと、なんでもない写真、あの人がいたら聞いてきたはずのことのその後。この手のメッセージはいつ読んでもよく、飛ばしても心が痛まず、数ヶ月分たまると、あとから振り返ったときに「ずっとつながっていた」という形になる。

まとめて届くのは普通のことで、問題ではない

派遣によっては、何日も何もない後に、メッセージがまとめて届くというリズムになる。順番はばらばらで、こちらがもう半分忘れていたことへの返事が混ざっていることもある。これは相手がいい加減になっているわけではない。連絡がつながる瞬間そのものが、こういう形をしているだけだ。これを「傷ついた」「距離ができた」「忘れられた」と読むのは、まったく別の種類の関係で通用する期待を、ここに当てはめてしまっているにすぎない。

大きな話より、なんでもない話のほうが効く

本能的に、ちゃんとした話ができるまでメッセージを取っておきたくなる――これは派遣に限らず、長い空白が友情を静かに終わらせるときによく働く本能だ。派遣期間は「ちゃんとした話」が滅多に起きないくらい長いことが多く、それを基準にしてしまうと、友情は何ヶ月も実質お休み状態になる。派遣中の友人がいちばん恋しいと口にするのは、たいてい何でもない話だ。何を作って食べたか、誰と会ったか、何のドラマを見始めたか。それは「日常がどこかで普通に続いている」という手触りで、「あなたのことを思っている」と言われるのとはまた違う、具体的な安心感になる。

相手のペースに合わせなくていい

相手のペースに合わせようとする、静かな公平さの本能がある――相手が月に一度しか返せないなら、こちらもそれ以上送るのは負担になるのではないか、という感覚だ。そうではない。こちらは相手が返せる頻度よりずっと多く送っていい。メッセージは相手の時間を要求するものではなく、窓が開いたときにいつでも拾える場所に、ただ置いておくものだからだ。送った数を、どちらかが密かに数えているわけではない。

実際に何を言えばいいか

無事かどうかを聞く必要はない。本当に深刻なことが起きていたら、それを「返信がないこと」から知ることにはならない。何度も聞けば、ただでさえ短い時間の中で、相手にこちらの不安のケアまでさせることになる。どこで何をしているかを聞く必要もない。答えられないことが多く、聞かれれば「答えられません」と断る、という小さな気まずい作業を相手に増やすだけだ。残っているもの、それで十分足りているのは、自分自身の日常だ。こちらの話をする。相手が実際に話せることを聞く――最近眠れているか、何を読んでいるか、終わったら何をしたいか。知りたいのは任務の中身ではなく、普通の好奇心でいい。

帰ってきてからも、ゴールではなくもう一段階の調整がある

帰ってきさえすれば友情もすぐ元通りになる、という思い込みがよくある。たいていそうはならない。目の前に本人がいても、心はまだ、自分がいない間も進んでいた「普通の暮らし」に合わせている最中だったりする。もう決まった予定、いつの間にかできた新しいボケ、みんなで落ち着いた新しいリズム。この友情には、派遣そのものと同じくらい本物の「戻ってくるための時間」が必要で、それを急いで、初日から何事もなかったかのように振る舞おうとすると、みんなが避けたかったはずの気まずさをかえって作ってしまう。帰国後は、一回の気合の入った再会より、ゆっくりした普段どおりの連絡のほうがずっと効く。

正直な但し書き

ここに書いたことは、距離そのものを軽くしてはくれないし、どんな連絡のリズムも、本人がそこにいることの代わりにはならない。できることがあるとすれば、糸を完全には切らせないことだ。そうすれば、また普通に連絡が取れるようになったとき、そこは「ゼロからやり直す場所」ではなく「まだつながっていた場所」から始まる。控えめな約束に聞こえるかもしれないが、それが現実的にできることだ。