ホーム / 関係のガイド

禁酒すると友人関係が変わるのはなぜか

大変なのは「飲まない」という決断そのものだと思っていた。ところが数ヶ月経ってみると、以前はよく会っていた友人の何人かと、いつのまにか連絡が減っていて、誘われ方も前とは違う。それでいて、誰が何か悪いことをしたわけでもない。誰かと喧嘩したわけでも、嫌われたわけでもなさそうだ。変わったのは相手の気持ちではなく、その友情のどれだけの部分が実は飲酒そのものによって動いていたかという事実であり、それは飲むのをやめて初めて、どちらの側も気づくことになる。

飲酒は思っている以上に仕事をしていた

飲酒を「友情のついでに起きていたこと」と考えるのは簡単だが、大人の友情の少なくない部分で、実は酒がいくつもの役割を同時にこなしていた。仕事帰りの一杯、誰かの家での乾杯、これといった予定もないまま三時間そこに座っている口実——そうした、どちらも考える必要のなかった「会う理由」を用意していた。それだけでなく、友情を親密に感じさせるあの種の会話——夜中に出る少し正直すぎる打ち明け話、しらふでは成立しない冗談、帰るつもりだった時間をつい一時間過ぎてしまう気の緩み——の敷居も、酒がひそかに下げていた。そこに意図はいらなかった。友情が本来自分で担うはずの社交的な作業の一部を、酒が代わりに引き受けていたのだ。

禁酒は友情そのものを終わらせるわけではない。終わらせるのは、その裏でひそかに機会を作り出し、気を緩ませていたものであり、これからはその両方を、誰かが意図的に、しかもこれまでこの友情が一度も経験したことのない冷えた状態から作り出さなければならない。

「調整する」のではなく「静かになる」理由

あなたを大切に思っている人が、飲まなくなったからという理由で、意図的に会う頻度を減らそうと決めることはほとんどない。実際に起きるのは、それよりもっと小さく、もっと気まずいことだ。何に誘えばいいのかわからなくなり、間違った提案をするくらいならと、結局は何も誘わないという選択に落ち着く。目の前で酒を頼むのが失礼にあたるのではないか、理由を尋ねるのは踏み込みすぎではないか、逆に尋ねないのは気にかけていないように見えるのではないか——そのどの計算をしても安全な答えは出てこず、多くの人はそのまま静かになることでやり過ごしてしまう。あなたの側からはそれが距離のように見えるが、相手の側では、たいてい戸惑いに近い。

飲酒に支えられた友情には二種類あり、救う価値があるのは一方だけ

飲酒が関わっていた友情がすべて同じ種類だったわけではなく、禁酒はその違いをようやく明るみに出す。中には純粋に「一緒に飲む」という行為そのもので成り立っていた関係もある。相手のことは普通に好きで、数杯飲めば会話も弾んだが、朝十時にカフェで向き合って続けられるほどの中身は、実はそこになかった。そういう関係が静かになるのは、防げなかった損失ではない。それは、酒という主な材料を欠いても生き延びるように作られた友情というより、良好な飲み仲間の関係に近かったのだ。

もう一方は本物の親密さで、たまたま飲酒という配送経路を使っていただけのものだ。同じ通勤路や同じ職場のチームを使う友情がたくさんあるのと同じことである。こちらは完全に無傷で生き延びられるが、それは誰かがその違いに早く気づき、以前は酒が用意してくれていたもの——会う機会、緩んだ気持ち、本音を話してもいいという許可——を、今度は意図的に補い始めた場合に限られる。それはアルコールなしでも手に入るものだが、もう自動では手に入らない。自分の友情がどちらの種類なのかを事前に見分ける方法はどちらにもなく、自動的な部分が止まって初めて見えてくる。

静かに事態を悪くするもの

この構造的な喪失に、さらに重なってしまうものがいくつかある。一つは、酒の話題が出るたびに、会う相手一人ひとりに理由を説明し直さなければならなくなること。それによって、ふつうの夜が、本来誰にも評価される筋合いのない決断についての、小さな尋問の繰り返しに変わってしまう。もう一つは、善意からとはいえ、その話題に何度も戻ってくる友人の存在だ。調子はどうか、恋しくならないか、大丈夫かと気にかけてくれるのはありがたいのだが、その気遣いのせいで、友情全体がずっとその一つの話題を向いたままになり、本来話せたはずの他のことに向かわなくなる。三つ目は、もっと静かなものだ。周りが好きだった「自分」は、実は飲酒と結びついていたのではないかという疑念であり、それはめったに事実ではなく、口に出されることもほとんどないが、両者が連絡をためらう理由の底に、ひそかに横たわっている。

実際に効くこと

  • あいまいな提案ではなく、具体的な代案を出す。「今度、バー以外でどこか行こうよ」は、たいてい実現しない。木曜のコーヒー、散歩、ボードゲームの夜——実際の日付が入った提案だけが、善意だけでは決してできないことをしてくれる。
  • 一度、はっきり伝えて、それで終わりにする。「最近は飲まないんだ、気を遣わなくていいよ」という一言をはっきり言っておけば、メニューを渡されるたびに開いてしまう扉を閉じられる。繰り返し説明したり、正当化したりする必要はなく、それだけで尊重されるに値する。
  • 友人の側なら、その話題をどれだけ扱うかは相手に合わせる。禁酒した人の多くは、それが友情の主題になることを望んでいない。誰かがそれをニュースのように扱うのをやめれば、友情は以前と同じように、実際に話したいことを話す場所へとすぐに戻っていく。
  • 顔ぶれではなく、いつもの場所を変える。友人が冷めてしまったように見える状況の多くは、実際には、ほかにどこを提案すればいいかわからないだけだったりする。いつもの場所をバーからほかのどこかに変えるだけで、思っている以上に多くが解決する。

正直な補足

禁酒が奪うものの中には、もともとこの変化を乗り越えられなかったはずのものも含まれている。それはあなたの決断が間違っていたということでも、友情が足りなかったということでもない。一緒に飲むことだけで成り立っていた親密さは、それが続いていたあいだは本物で心地よいものであり、その終わりはあなたが何か間違えた結果ではない。労力をかけて立て直す価値があるのは、そもそも酒だけで成り立っていたわけではない友情のほうだ。そうした関係はたいてい、まだそこにあり、どう再び始めればいいか少しわからずにいるだけで、どちらかが今日にでも送れる、なんでもない誘いを待っている。